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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)4552号 判決

原告

芳賀ナミ

被告

近藤富夫

主文

被告近藤富夫は原告に対し金二万円およびこれに対する昭和三五年六月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は平分し、その一を被告近藤富夫、その一を原告負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは連帯して原告に対し金三四万七、〇九五円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「被告近藤富夫は、被告会社の被用者として、昭和三五年三月二六日、社用のため、被告会社所有の荷台付自動二輪車を操縦して甲州街道を調布方面から新宿方面に向け進行中、午前九時頃、東京都世田谷区松原町一丁目五〇番地先きに差し掛つたとき、前方を注視せず、制限速度に違反して時速三二粁で走行していたため、車道を横断中の原告に激突して車道上に転倒せしめ、よつて全治三ケ月以上の、頭蓋内出血、顔面挫創、左中指および左下腿の挫創を蒙らせ、そのため、入院治療費一万五、七〇〇円、附添看護費二万三、九二五円、借ふとん、交通費、指圧費等の諸雑費一万四五〇円の出費を余儀なくさせ、爾後失職のため、当時原告が訴外角処心一方に傭われて収得していた一ケ月につき金一万七千円の割合の収入を失い、本件事故後一ケ年間は就職不能の状態にあり、その間の得べかりし収入合計二〇万四千円を失い、また、右の諸事情によつて著るしい肉体的、精神的苦痛を蒙つた。よつて、原告は、民法第七一五条により、被告らに対し、前記出費合計五万九五円、得べかりし収入の一部一八万七千円を合せた財産上の損害二三万七、〇九五円と精神上の損害に対する慰藉料一〇万円との連帯賠償並びにこれらに対する本訴状送達の日の翌日以降完済まで民法所定年五分の割合による金員の連帯支払を請求する。」と述べ、「被告主張事実のうち、事故発生当時雨が降つていて、原告が傘をさし、甲州街道車道上に被告近藤の進行方面の左側歩道に沿うて駐車していたトラツクの新宿寄りの前方二米の個所から、車道を横断しようとしたこと、さらに前方数十米に交叉点があり横断歩道があること並びに原告がこれを知つていたことは認めるが、その余の事実は否認する。」と述べ、

被告ら訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因事実中、被告近藤が、被告会社の被用者として、原告主張日時時刻に、被告会社所有の荷台付自動二輪車を操縦して甲州街道を新宿方面に走行中、原告主張場所において街道横断中の原告に接触したことは認めるが、社用のため運転していたものであること、原告に激突したこと、前方不注視、制限速度違反の事実は否認し、原告の蒙つた傷害と財産上および精神上の損害は不知。

二、被告会社は、当日、社員の慰安旅行のため休業中であつて、被告近藤は、旅行を希望せず、私用訪問のため、被告会社の車輛保管先きから本件自動二輪車を借り出したものである。よつて、本件事故は、被告会社の業務執行につき生じたものではないから、被告会社には民法第七一五条による連帯責任はない。

三、被告近藤に過失はない。当時、同被告は、かなりの降雨のため進行速度を時速一八粁に緩め、制限時速四〇粁の範囲内であつたし、前方を注視しており、前方の車道左側に歩道わきに二台のトラツクが縦列停車していたが、人影を認めなかつたのでそのままトラツクのわきを通過したものであり、通過の瞬間突如、荷台のあたりに原告がぶつかつたのである。

四、仮りに、被告近藤に過失があり、被告会社の業務執行のための運転であつたとしても、

原告は、数十米前方に交叉点があり、横断歩道があり且つそのことを知つていたにかかわらず、これによらずして、折からの降雨に傘をさしたまま、甲州街道車道上に被告近藤の進行方向の左側歩道に沿うて駐車する二台のトラツク車輛の新宿方面寄り前方直前の個所から車道を横断しようとしたものであつて、本件事故は原告の過失に基くものである。よつて、被告らは過失相殺を主張する。」と述べた。(立証省略)

理由

被告近藤富夫が、昭和三五年三月二六日、午前九時頃、荷台付自動二輪車を操縦して、甲州街道を調布方面から新宿方面に向け進行中、東京都世田谷区松原町一丁目五〇番地先きに差し掛つた際、進行方向の左側歩道に沿い車道上に駐車しているトラツク車輛の新宿方面寄り前方から車道を横断しようとした原告に接触して車道上に転倒させたこと、は当事者間に争がない。

証人内田辰一の証言、原告本人、被告近藤本人、の供述に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告が駐車トラツク車輛の前方二米の個所から車道を横断しようとしてトラツク車輛側面の線を出て右方を確かめようとした瞬間、右トラツクおよびこれに接して後続する他の一台トラツクの縦列を認めながらその縦列側面から一米足らずを隔てた線上を直進して来た被告近藤の運転する自動二輪車に接触して顛倒したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。進路前方の車道上に駐車する車輛の存在することを認めた走行自動車の運転者は、当該車輛の車体によつて隠蔽された車輛前方から、いかなる情況下に人或いは物が進路上に出現するか図られないのであるから、殊に、駐車車体との間隔が一米にも足らぬ場合には、これに備えて事故の発生を防ぐに足る緩行その他急停車準備などの措置が要請されるのである。被告近藤が、原告の主張するように制限時速に違反したり、前方注視を怠つたりしたことを認めることのできる証拠はないけれども、右の措置を執つたものと認めるに足る証拠はなく、この点において被告近藤の過失を認定せざるを得ない。

二、原告本人尋問の結果およびこれによつて成立の認められる甲第一ないし第三号証、第五、六号証によれば、原告は接触並びに車道上の転倒により、頭蓋内出血、顔面、左中指挫創、左下腿挫傷の傷害を蒙り、直ちに病院に入院してから同年五月一五日に至るまで約七週間にわたり安静治療を要し、病院への諸支払一万五、七二〇円、貸ふとん代二、二五〇円を出費したほか、同年四月九日に至るまで家政婦への支払二万三、九二五円を出費し、その他左中指挫創による機能障碍に対する治療のため一、一〇〇円を支出したことが認められる。されば、原告は、被告近藤の不法行為により合計四万二、九九五円の財産上の損害を蒙つたものといわねばならない。

原告は、失職による一ケ年間の得べかりし利益の喪失を主張するのであるが、原告本人尋問の結果によつてみても、本件事故発生当時から一ケ年間にわたり原告がその主張する月一万七千円を定収入として継続的に得べかりしものであつたかどうか必ずしも明瞭でなく、他に立証がないので、原告の右主張はにわかに認めがたい。

次に原告の慰藉料の請求についてみるに、原告本人尋問の結果によると、原告が本件事故によつて女性として顔面に三針ぬう程度の挫創を蒙り、左中指に機能障碍を残し、疲労し易く根気が続かぬこと、夫に定職がない一家の主婦として稼働の必要があつたことが認められるので、事故発生時から入院中並びに退院後にわたり肉体的、精神的苦痛を蒙つたものと認められる。これに対し、被告近藤本人尋問の結果によれば、被告近藤は、その後、被告会社を退職し、当事者表示欄の肩書掲記の自衛隊に隊員として入隊していることが認められるのである。彼此綜合して、原告に対する慰藉料は二万円を相当と思料する。

三,そこで進んで被告主張の過失相殺について判断するに、原告が降雨中傘をさして東京都世田谷区内の甲州街道を横断するに当り、附近住民として、近々数十米先きの交叉点に横断歩道があることを知つていながら、車道上に駐車するトラツク車輛の前方わずか二米の個所から車道を横断しようとしたことは当事者間に争がないところであつて、過失相殺を相当とし、その結果として、原告の賠償請求額は、財産上の損害と慰藉料の合算額六万二、九九五円につき二万円を相当とする。

四、被告会社の責任についてみるに、被告近藤が本件事故発生当時被告会社の社用で本件自動二輪車を運転していたことを認めるべき証拠はなく、かえつて、被告近藤および被告会社代表者の各本人尋問の結果によれば、被告会社は、当日休業して房総方面に慰安旅行に出かけていて、被告近藤は、これに参加せず、早朝から被告会社所有の本件自動二輪車を運転して調布方面へドライブを楽しんだことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。そうであつてみれば、被告近藤の不法行為は、被告会社の業務執行につきされたものではないから、民法第七一五条による連帯責任を負担すべきいわれがない。

五、よつて、原告の本訴請求中、被告近藤に対する請求は、金二万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日であること当裁判所に明らかな昭和三五年六月一四日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の限度で理由があるものとして認容すべく、その余の部分は失当として棄却すべく、被告会社に対する請求は全部棄却を免れないので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 立岡安正)

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